言葉について考えている(1)


大人になるって、言葉を覚えるってことなんですよ


どこで見かけた言葉だったか、忘れてしまったけど...。
瀬戸内寂聴さんだったかな?黒柳徹子さんだったかなぁ...。うろ覚えです。


私は言葉が大好きで、言葉にこだわる自分ってどうなのかな?って。
何だかバランスが悪くないのかな?って思っていたのだけど、
ちかごろ、何かと思うところがあって、
「やっぱり言葉って、追求しがいのある素晴らしいものだ...!」それが結論になりました^^


他人への思いやりとか、自分の解放度とか、自然と言葉に出るものだと思う。
日本語として正しい言葉遣いをしているとか、そういうことではなく。



私は人生の節目節目で、言葉の力を実感してきた。
振り返ると、私に関わってくださったたくさんの人とともに、
その人たちの言葉を思い出す。
私自身も、自分の言葉で誰かが楽になったり、勇気を出してくれたりした経験が、
いつまでも印象深く、想い出に残っている。


文章力をある程度まで技術的に訓練していくことができても、
その人の血となり肉となった「経験」がなければ、グッとくる言葉は吐けない。
その人から出てくるものが言葉という形を借りて現れるのだから
オリジナリティのある言葉は、オリジナリティを持つ人からしか出てこない。



頭だけで書いてる人

理屈ばかりを優先する人

行動が伴わなくて口ばっかりの人

心を閉じたまま言葉で武装する人

そんな人が書いた文章は、きっと感受性の鋭い人には、分かってしまう。



私たちが詩人の言葉や唄の歌詞に心を揺さぶられるのは、
生まれてこのかた、どれだけ多くの言葉に接したか分からないのに、
まだまだ未知の言葉との出逢い、
その言葉を生み出した人間との出逢いというものが、あるからなんだな。


今はもうこの世にいない人であっても、
その人物の感性に、言葉を介して触れることができるのは、ほんとうに幸せなことだ。



いくつかのシンプルな単語の組み合わせでも、
その並べ方をちょっと変えるだけで、
人の心に初めての感動を呼び起こしてくれる言葉。


言葉を使って遊ぶこともできるし、音楽として楽しむことも出来るし、
アートにもなるし、ときには、それを目にした人の生き方さえ変えてしまう。


自分の中に、伝えたいものを持っている人は、幸せ。
ぴったりな言葉を探す楽しみがあるから。


言葉が見つからなくてもどかしいこともあるけれど、
いつか自然に、言葉にできたとき、
自分の成長をちょこっと誇らしく感じることができる。



伝えたいものがひとつ、またひとつ、形になっていく幸せ。


...と同時に、



伝えたくないものを伝えてしまっていないか。
伝えたいもの、そのものを見誤っていないか。
振り返る気持ちを持っていよう。
感じとる心を磨こう。



傷つく言葉に出逢ったら、
自分の中の何が傷ついているのかな...と、そんなところに心が向きますように。
他人の言葉には、ほどよく鈍感であれますように。
言葉の裏にあるものを、少しでも多く見通せますように。



どんなに言葉が大好きでも、
言葉がすべてではないことを、忘れずにいられますように。
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by marca-mia | 2005-12-06 17:34 | 思うこと・自分


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