言葉について考えている(2)


それでね...^^


もう何度目か分からない forgiveさんの記事へのトラックバックです^^


私の文章はときに厳しくて固くて、
それは私の中にまだまだ残っている、
自分に対してまっすぐにプレッシャーをかけてしまう癖や
自分の信念以外のものが脇目にも入らない頑固さが
きっと他者へ発信していくときにも、出てしまうのだろうな~と思うのだけど。
それがいいとか悪いとかでなく、今の自分がそうなのだろうな~と。


forgiveさんの操る言葉は、
深い内容でありながら
読む人の心にすいっと入ってくるような飄々としたところがあって、
私にとっては、語られている内容ももちろんですが、
語り口もまた、魅力なのです^^



毎日が自分との仲直り


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自分の小ささを認めるなんて、卑下しないで
自分のサイズを知るだけだ。

自分の、今のサイズを知るだけだ。
日々変化する自分のサイズを知るだけだ。

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毎日自分と仲直り。
コツコツと
とつとつと
ワクワクと仲直り。





こんなにホンワカと
こんなに平易な言葉で
身近な表現で編まれたforgiveさんの言葉に触れたとき


小さな指輪が入った箱を目の前にそっと置かれたときのように、
大切な宝物を受け取った気分になる。


けっして押し付けがましくなく。



腰を据えて、真正面からひたと見つめ、
切りつけるように 自説を速球で投げ込むのもよいけど


ほおづえついて 甘~いものでも食べながら
緩んだ唇から 鼻歌のように流れ出た真理を
ナナメ後ろから そよ風のように ふっと吹きかけられたなら


ほっと和んで、い~い気持ちになって
ふんふん、ふんふん、と知らぬ間にうなづいてしまいそう♪


そーんな大したことじゃないんだよん って顔で
固いことも、難しいことも
「自分と向き合う」なんて、まるでスパルタ!?みたいな
そんな言葉も無しに。


体温のある言葉にヒョッととりかえてしまえる人は


自分の得た気づきを
身につけた真理を


「自然」の域まで体に染み込ませた結果として
言葉も「自然」になっていくのではないかな。


キヲツケして胸張って肩をいからせて
ものもうす!なんて大上段に構えるのではなくて


息するのと同じくらいのリラックス感で言える人


そんな人だからこそ、
いざというとき厳しい目つきで喝を入れられたら
それはそれで効果は大なわけで。


要はバランス?
要は時と場合ってこと?
もう何度も何度も再認識したことではあるけれど。


やっぱりホームポジションは、自然体にしておきたいなって思うのだ。



ガチンコ対決じゃなくってね。
独り言のように...だけど決して曖昧にすることなく。
柔らかい言葉で...だけどできるかぎり正確に。


伝えたい気持ちが強いとついつい、
普段は使わないような、威力のある言葉を使おうとしてしまうけど。


強い言葉と、心に届く言葉は 違うんだよね。



ほんとうに必要なときは腹をくくって、
相手の心に、ピストルのような言葉を撃ち込むこともできるような...、
そんな勇気も 持ち合わせていたいけど。


ふんばって、がんばって、こわばって...硬くなった ヒトの心は、
ぶつかってくる言葉は跳ね返してしまうから。


うすーく広がって包み込むこともできるような
まるーくなって相手のまわりでころころ転がれるような


そんな変幻自在な自分を
今ある自分の中からひっぱり出そう。


自分の中にはどんな自分だっているのだから。


今の自分に無理をせず、
今いるところから一歩ずつ、
いつかはそんなジブンになろう...と思いながら、願いながら。



こうやって書いてるうちに少しずつ、少しずつ



近づいていけると 信じて。
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by marca-mia | 2005-12-14 15:53 | 思うこと・自分


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