ゆるされること(2)


13年前の あの出来事だけでなく、
私はいつからか、自分の体験したすべてのことを
自分の責任と捉えるようになった。

意識的に生きることによって、失敗は次に活かされる。
つまづくとき、立ち止まるとき...私はいつも、
自分にできることはないか...と探してきた。

もうずっと長い間、それは習い性になり、
どんなに苦しいときでも、突破口を求めることをやめられない。

この習い性のおかげで、ほんとうにたくさんの気づきを得ることができた。
すべてを自分に帰することで、前に進んでこれた。

けれどもう限界かも知れない...。
そう感じたのが、夫の不倫だった。
レイプ体験よりも、
夫の不倫を知ったことと、その後の夫の態度の方がずっと辛かった。

不倫がどれだけ配偶者の心を壊してしまうか...分かってもらえるだろうか。

だけど私には、まさに、その「限界」が必要だったのだと今は思う。

「自分を認めること」「ありのままに生きること」の大切さを、
ほんとうの意味で知ったのは、「限界」を体験したからだ。

そして、私がここへ至るためには、今までの体験すべてが必要だったのだ。




不倫を通して、
私はそれまであまり意識していなかった「性」について、関心を寄せるようになった。
その出発点は「夫を理解したい」という思いからだった。
性について考えるときは、夫婦のセックスを充実させたいという気持ちが大きかった。


数日前、書店で「愛と性の美学」(松本侑子/著)を手にとったのも、
男女の性差についてや、不倫を生んでしまう土壌について
考察を得たいという動機からだった。




けれど読み進むうち


私の中の予期せぬ部分に
少しずつ、水が染み込んでいくように何かが広がっていった


体の奥の隠された部分に
固いしこりのように置き去りになっていたものが
松本さんの文章によってほぐされていくのを感じた



その本には「レイプという犯罪」の章があった



レイプを生む社会の構造や、女性差別について。
レイプされた女性の心理について。
レイプする男性の心理について。



読みながら、知らず知らず涙が出た



私はこのとき、13年という時を経て
初めて 「レイプされた自分」を擁護してくれる表現に出逢えたのだ



夫の不倫も、夫婦再構築へのステップにすることができた。
私を陵辱したあの男のことも、心の中で許すことができた。
自分を大事に生きていこうと思えるようになった。





けれど私は、
13年前の「レイプされた自分」だけは許していなかったのだ




あの出来事について、自分の責を認め、愚かだった自分を反省し
二度と同じ過ちは繰り返すまいと誓った。

自分が至らなかったこと。
夫を苦しめたこと。
自分の体を 心と切り離して相手に与えたこと...。

忘れないように、胸に杭を打ち込んだ。
自分自身に言い聞かせつづけてきた。

自罰的な結論を出したその地点から
自分をゆるす方向に一歩も動かずにいたのだ。




どんなに誰かをゆるしても



私はあのときの私自身をゆるしていなかった




あの出来事を思い出すたびに 私は23歳の私を叱った

愚かなりに精一杯だった23歳の私を責めてきたのだった





レイプについて、話題にする人は少ない

レイプの被害者に、かける言葉を持っている人には、なかなか出逢えない





誰にも話さなかったから。

夫にしか話さなかったから。

夫は、その言葉が必要だと知らなかったから...。




誰かに与えてもらうまで、自分で自分に、かけてあげることが出来なかった言葉




ページをめくるうち

何度も何度も 胸にこだまする声を聞いた




自分を縛っていた鎖を、私自身が ひとつひとつ断ち切っていく その音を聞いた




何度も何度も...








私は悪くなかった







私は悪くなかったんだ。
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by marca-mia | 2005-12-26 13:30 | 思うこと・自分


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