伝えるために(7) ~ほんやくコンニャク~


伝えるために(6)で書いたように、懸命に説明した私ですが
実は、夫の反応はあまり良いものではありませんでした。


私の説明を受けて、
「そういうことなんだね。」とか
「わかったよ。」などと、その場で返事してくれたことはありません。


夫の反応は、


1. 「責めてないっていうけど、君の話は、俺を責めてるようにしかとれない!」
2. 「いつも俺が謝らなきゃいけなくなるじゃないか!」
3. 「そんなこと言われたら俺がどう思うか考えろよ!」
4. 「話は聞いてほしいけど口を挟むな、って...俺が思うことは言っちゃいけないのか!?」
5. 「話を聞いたらこっちだって『どうすればいいんだ』って思うじゃないか!」
6. 「話は聞いてほしいけど何もしてくれなくていいなんて、そんなことあるわけないだろ!」
7. 「『聞くだけでいい』って、それじゃカウンセラーみたいじゃん。俺はカウンセラーじゃない!」


このうちの3つくらいは、今でも言ってます...^^;











離婚を回避するために「君の話を聞く」と言った夫ですが
「聞くこと」のあまりの難しさに、もがいていたのだと思います。
今でも、対話嫌いの姿勢は変わりませんが、
ほんとのほんとの対話嫌いかというと...私は、そうではないと感じています。


自分の気持ちを表すのが下手だったり、
並外れて繊細で、傷つきやすい心を持っているので
夫にとっては、他人の気持ちが 生々しすぎるみたいなのです。
防御壁が高すぎて「他人は皆、自分への敵意を持っている」という前提で対してしまうようです。
少しでも非難されたと感じると、いち早く相手を攻撃することで自分を守ろうとするんですね。


まして、私たちの間には不倫という決定的なことがありましたから、
夫の中の怯えは余計に強くなっていて、私が噛み砕いて説明したにも関わらず、
それも受け入れることができないくらいに、被害妄想が強くなっていたのです。
「責められているとしかとれない!」それは、夫の中にあるものが、そう思わせているのです。


夫の態度をそんな風に捉えることができるようになったのは、
それまでに、自分の気持ちの伝え方を磨いてきたからでもありました。


私の言葉の中のひと言も、夫を責めてはいないし、夫に何かを要求するものでもない。
声色も、口調も、夫へ向ける刃のようではない。シンプルに自分の気持ちを伝えているだけだ。
だから夫がいきりたってしまっているのは、私が悪いわけではけっしてない。


そんな自信がついてくるにつれて、
「対立でない対話」という目的地が、イメージできてきました。
こちらが具体的にイメージしているからこそ
それが伝わらないのは辛かったりもしますが...。


辛いなぁ。
分かってもらえないなぁ。
どうすれば分かってもらえるんだろう...。




ここで立ち止まってひと思案です。



一見すると私を非難しているように感じられる夫の言葉ですが
1. から 7. までの夫の気持ちを、私なりに別の言葉で言い換えてみました。


1. marcaが話を始めると、責められている気持ちになる
2. 謝ることを強要されているように感じる
3. 俺の傷つきやすい心を、言わなくても察してほしい
  俺が不快になるようなことは言わないでほしい
4. marcaの話を聞いたら、俺だって言いたいことが溢れてくるし、自己弁護させてほしい
5. marcaの辛い気持ちを聞いたら、それを解消してやりたくなる
  marcaが辛くなる原因があるなら早くそれを取り除いて、問題解決としたい
6. 話を聞くだけのことにそんなに価値があるとは思えない
7. 夫婦の間に対話のルールなんてもうけないでほしい
  marcaがルールをつくって俺がそれに従うなんてイヤだ



夫の言葉を、アイ・メッセージに置き換えてあげます。
夫の心の奥には、もっともっと言い尽くせない思いがあるでしょうが
私なりに、彼の「言葉」を「気持ち」に翻訳してあげます。


夫の言葉を、言葉どおりに「私への非難」と受け取ると
反射的に夫の間違いを指摘し、説き伏せたくなる気持ちが湧いてきます。
けれどそれをやってしまうと、夫と同じになっちゃうのですよね。


ときには、


だから違うって言ってるでしょ!
こんなに説明してるのに分からないの~!?


...と、やってしまったりもしますが^^;


その場で夫の首を縦に振らせようと、やっきになることは
相手の考えを間違いだと決めつけて、それを矯正しようとすること。
結果的に、夫の今の態度に追随していることになります。


たとえ2人の見ているものが違うとしても、
対話という形で「いま・ここ」の場を共有しているときは、2人は対等で、
どちらかがどちらかを裁いてはいけないのだと思います。


このことに、例外はない!と......そう、私は思い定めました。


どんなに
「私の方が傷ついているんだ!」って思っても。
「私の方が、夫婦のあり方について、いっぱい、いーっぱい、考えてるんだ!」って思っても。
「私の方が、気持ちを伝えようとがんばってるんだもん!」って思っても。

夫だって、夫なりに
「傷ついてるんだ!」って思ってるでしょうし、
「俺だって考えてんだ!」って思ってるでしょうし、
「俺だって君に良かれと思って、色々頑張ってきたんだぞ!」って思ってるでしょうし...。


第三者が、あらゆる角度から客観的に見たら、
どちらかがより正しいという判断ができるのかも知れませんけど......


当の2人がお互いに「今の自分はいっぱいいっぱいだ」と思っているときに、
いっぱいいっぱいな思いでやっている そのことやその思いを否定されたら誰だって、
自分自身を否定されたような気持ちになると思います。


その否定されて辛い感じは、もう、私は たくさん たくさん 味わってきたので。
その感じが、本来の自分を見失わせてしまう要因のひとつだと知ったので。
もう誰にも...夫にも、他の誰にも味わってほしくないのです。


ほんとうは、夫のほうから、先に私の思いを受け入れてほしいのですけど...


もしも、もしも...私の目指している夫婦像が素晴らしいもので
今までの2人の関係を軌道修正してくれるものであるなら、
私がそう信じているのなら、
強く、強く信じているのなら、
まず私からそれを行動に移せるはず。


もう、裁きたくも裁かれたくもない。
お互いを裁きあう以外の 関係を築きたい。



私が私自身に、心の自由を許すために。
同じように、相手の心の自由を許すために。


相手を裁く気持ち(=自分を裁く気持ち)が、
お互いを不自由にしていたのだ...という気づき。


その気づきを生かすには、
気づきに従って行動すること、実践をしていくことが必要で、
実践されない気づきは、宝の持ち腐れでしかないと思い至りました。



そのときどきの心の調子によって、
うまくできたり、できなかったりですが...



私の訴えに対して「それは間違ってる!」と言われたときは
「あなたは間違ってると思うんだね。」と言葉を返しました。


「すぐそうやって俺を責めるじゃないか!」と言われたときは
「私は責める気持ちはないけれど...あなたは責められている気持ちになるんだね。」


夫が口を挟み、延々と話し出したら相槌を打ちながら静かに聞きます。
「今度は私の話を聞いてね。」と最後にお願いしました。


「俺の気持ちも考えろ!」と言われたら
「どう思ってるの?私には分からない。話して。」と促しました。




夫の反論に対してさらに反論することはせず、
夫の気持ちは、その持ち主である夫に返してあげます。



夫の激しい口調が、柔らかになり、次第に子供のような言葉遣いになって、
とつとつと自分の思いを話し出す...そんな場面を 何度か経験しました。
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by marca-mia | 2006-05-27 11:57 | 伝えるために・聞くために


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