母との一夜


前回 前々回と、本の紹介とともに母への思いを綴りましたが、
その勢いで...というわけではないですが...母とのこと。

今頃ですが、お盆に帰省した際のことです。
母とじっくり話す機会がありました。

うちは三人姉妹(私は中っ子)なので、
帰省中はいつも姉と妹と三人で賑やかに話し込んだりしていて
なかなか母と一対一の話ができなかったりするのですが
今年は姉たちと日程がずれて 一日だけ、母と二人の夜を過ごせました。









何気なく私の病気の話をしたのですが、
私の病気がバセドウだということを、母は初めて認識したようで
びっくりしてうろたえてました。


あの...5年前発症したときにちゃんと説明したんだけど^^;


こういうこと良くあるんだけど、
私の母は認めたくないことは耳に入ってもすぐ忘れてしまうみたい。
夫が鬱だということも「違うよね?」「何かの間違いよね?」と言って
ずっと受け入れようとしなかったし...。


ま、そういう人なので仕方ないのだけど。


とりあえず、まだ認めたくないようだったけど...話はバセドウから、
私の幼い頃からの体の弱さについて移っていった。


私が幼児の頃から、毎日ひどく疲れていたことを話すと
母は「ええ!そうだったの!?」とまた驚愕。


うーん...やっぱり分かっていなかったんだぁね...´ー`;


私「まぁ外から見たら分からないしね...。
  体が辛いこともあって、動作もトロくておとなしかったんだけど
  そういう子だと思われてたみたいだしねぇ...。」

母「そう...。
  お母さんは、お姉ちゃんもE子(妹)も元気なのに
  まるかだけはどうもトロくて、覇気がなくて、何でこうなんだろうって...。」


私「うーん、でもお母さんは それで助かってた面があったでしょう。
  おとなしくて、一人で本ばっかり読んでて、手がかからなくて。
  私が小さい頃って、お母さん
  おじいちゃんの介護とかですごく忙しかったときだしさ。」


母「そうなのよ...!まるかはホント~に手がかからなかった!」


私「うん。私も子供だから、わざわざそういうこと訴えないし
  人と比べてどうだかも分からないしね。
  でも外出とか本当に疲れてたよ。」


母「あら...お母さん、ぜんっぜん気がつかなくて...。
  気がついてあげられなくて、悪いことしたね...。
  申し訳なかったね...。」


私「うん...。まぁ、そう言ってもらえると(ウルウル)。
  あのほら、お母さんって体が丈夫だしさ、
  お父さんにしてもさ、あんまりこう、体が弱い人のことって
  想像しづらいと思うんだよね。
  だからちょっと、傷つくこともあったよ。
  病気する度に『なんでお前はそうなんだ』とか
  『ちゃんと気をつけろ』って言われたりとかね。
  好きで病気になってるわけじゃないから、ちょっと辛かったりしたね...。」


母「そうなんだよね...!お母さんもお父さんも、ぜんっぜん病気しないからね。
  どうもそういう人の気持ちが分からないっていうのかな...。
  でもさ この頃は歳だから、なーんか疲れやすかったりね、
  前みたいに思うように動かなかったりするんだわ。
  お父さんも去年前立腺やって初めて入院したでしょ。
  今まで体に不安なんて無かったんだけどね...。」


私「うんうん。そうなって初めて、弱い人のことがちょっと分かったりもするでしょ。」


母「そうだね...やっとね。
  N子叔母さんも小さい頃から体が弱くて早くに亡くなったけど
  ほんとうにあの子も優しい子だったしね...。
  まるかも、病気したことで色々考えたりしたの?」


私「そうだね...やっぱり、同じように弱い立場の人のこととか
  お年寄りの人とかね...。
  健康で何の問題もない人よりは、少しは分かると思ってる。
  だから今は、体が弱くて良いこともあったなぁと思ってるよ。」


母「お母さん、ほんとうにまるかには幸せになってほしいな...と思って、
  でもいつまでも体の不調とかがあって、気になってしまうんだよね。」


私「うんうん...そうね...。
  でもね、私も健康になりたくて、努力してるんだよ。
  それでも、ずっとずっと、こうやって病気したり、体質で苦労したりしてて。
  努力でどうにかなる面もあるけど、
  やっぱり生まれつきの部分もあるし、この体質はずっと変わらないかもしれないよね。
  私自身、健康になりたいと思ってるんだよ。
  それをね、『なんでそうなんだ』とか
  『健康じゃないから可哀想だ』とか
  『まだ治らないの?』とか...。そういう風に言われても、困っちゃうかなぁ...。」


母「心配だから言うんだよ?」


私「うん。それはね、昔は反発してたけど、この歳になってね、
  『心配して言ってくれてるんだな』っていうのは分かるようになった。
  この歳になって、やっとね。
  若いときはさ、自分も上手くそういうのを受け取れなかったし、
  分かってほしくても、どう言ったらいいか分からなくて カーッと怒ったりしてたけど、
  今この歳になって、色々経験して、
  やっと落ち着いてとらえられるようになったっていうのかな。」


母「そうか...。」


私「なんていうのかな、病弱だけど、それで人間として何かが欠けてるとかね
  そういう風にとらえないで、その状態をそのまんま、
  認めてほしいっていうかね...(ウルウルウル)。
  ...心配してくれるのはありがたいけど、問題視しないで、見守っててほしいっていうか。」


母「どうもね、お母さんも他の家族もみんな健康だから、
  まるかは何がいけないのかと思ってしまうんだよね。」


私「まぁ、こういうのが一人くらい、いるものじゃない?
  叔母さんだって、そういう風に生まれついて、
  そのことで何かの役割を担ってたんじゃないかって思うんだよ。
  もちろん、健康になれればいいなとは思うんだけど、
  このままだったら不幸ってわけでもないと思うんだ。」


母「うん、そうだねぇ...。
  あーほんとに気がついてあげられなくて、悪いことしたね...。」


私「こうやって聞いてもらえたらそれでいいんだ。ありがと。」




途中泣きそうになったけど、こらえて話しました。


泣いたら、大切なことが伝えられなくなってしまうから...。




寝る前に母は、
「あー!ほんとに今日まるかと話せてよかったわ。」
と、優しい目をしてにこーっと笑ってくれました。


私は、照れくさかったけれど
「ありがとう*^^*」と、母の目を見て言えました。



*****************************************



...私は、自分のことを“サイレントベビー”だったと思っています。

感情が鈍磨し、表情に乏しい子供で、いつもじっとしていたそうです。

母が「ここに居てね」と言うと いつまででも その場で固まって待っていたそうです。

とにかく手がかからなくて 母は助かったのだと。



思春期から20代半ばまで
私は、演劇を通して、自分の感情をとり戻していったのだと思います。
母は私が芝居をすることに反対でした。
私は「なぜ、私にとってこれが必要なのか分かってくれないの?」と腹を立てました。
あの頃は、激することでしか思いを伝えられなかった。
丁度いい言葉を知らなかった と思います。



今回のこともあって私は、

やっぱり人には“時”があるんだなぁ...と思いました。


母はずっとずっと余裕が無くて
自分のことでいっぱいいっぱいで


今やっと
お互いにゆったりした心で
こうして母娘の時間を持つことができたのかも知れない。


人の心に耳をすますことは
いい意味で、自分が人生の主役を降りた頃になって
やっと自然と叶うのかも知れない。


母は本来、落ち着いて話しさえすれば
こんな風に素直に非を認め、共感を示してくれる人だった。


こんな“時”を授かるなんて
私はほんとうに、幸せな娘だ。


いつまでも心配かけて親不孝な娘だと...。


心配かけぬようにと背伸びしたときもあったけど。


私はこのまま、いい感じで
素直に母に甘えていけたらと思っている。


まだ...とり戻せる気がする。
いい歳して...なんて思わずに 幼いあの頃に戻ってもいいような気がする。
母もそれを望んでくれているように感じる。



ゆっくりと...やり直してみよう。



あの頃の母との時間。
[PR]
by marca-mia | 2006-10-30 01:43 | 思うこと・自分


<< 「傷つく」ということ またまた。 >>