親とか子とか(1)


母との一夜
momonekoさんのコメントにお返事を書いていたら長くなり、
記事にしようと思っているうちに間が空いてしまいました。

かなり時間が経っていますが、アップします。









momonekoさんの文章の中で
読んでいてちょっとドキッとする部分がありました。


>私は母の母にはなれないので
>母がいくら私に求めても
>母は満ち足りる事が無いのだと思います。

>満ち足りない愛情を求める気持ちが
>私へのコントロール=罪悪感を持たせてコントロールしたいという行動、に
>結びついてしまうのでしょう。

>母も私のことを母なりに愛していると思うのですが
>支配する事が愛情だと信じているのだと思います。


この部分を読んで感じたのは

私たちは多かれ少なかれ、
相手を変えて 母親と同じことをしているのかも知れない...ということでした。


この言葉を、夫が私について言っている言葉として読んでも
当てはまりそうな気がします。


僕はmarcaの母にはなれないので
marcaがいくら僕に求めても
marcaは満ち足りる事が無いのだと思います。

満ち足りない愛情を求める気持ちが
僕へのコントロール=罪悪感を持たせてコントロールしたいという行動、に
結びついてしまうのでしょう。

marcaも僕のことをmarcaなりに愛していると思うのですが
支配する事が愛情だと信じているのだと思います。




ま...ここまで夫が思っているかどうかはともかくとして。



母親に愛情を受けられなかった(と感じている)子供は
どこかでその愛情をとり戻そうとするものなのかなと思います。


以前の記事でも書いたように
私は夫と暮らし始めてから、
母との関係を 夫を相手に繰り返していました。


母親からの愛情不足による飢餓感から
間違ったやり方で愛情を求めてしまう行為は
必ずしも、当の母親に向けられるとは限らない。


むしろ、違う人に向けられることの方が多いのではないだろうか...
そんな気がします。



人間は 愛情を期待した人(=親)から受け取れなかったとき
そこで生まれた飢餓感を他人から埋めてもらわなければ
満たされることはないのでしょうか。


相手を変えては 期待し、裏切られ、期待し、裏切られ...
その繰り返しで生きていくしかないのでしょうか。


「いいえ、私はそんなことはしない」 と、
そう思っている人もいるでしょう。


「自分の親には求めるけれど、他の人に...
とりわけ、自分の子供に満たしてもらおうなんて絶対にしない」 と。
そう、心に決めている人もいるでしょう。



負の連鎖 という言葉があります。



愛情の薄い母親や
忙しくて愛情を注ぐ余裕のない母親
また 屈折した形で愛情を注ぐ母親...などに育てられた子供が
大人になって、自分に子供ができたとき
同じようなことをしてしまう。


そして その子供が大人になったとき
また同じようなことをしてしまう。


その負の連鎖を断ち切ろう、という動きが
今、世界中で起きています。


それは とても美しい試みで、
だからこそチャレンジしたいと思うのでしょう。
その思想自体が、一種の流行のようにも思えます。



でも、そこには落とし穴もあると 私は思います。



負の連鎖を断ち切らなければ...というプレッシャーで
追い込まれてしまう人もいるのです。



親から充分に愛情を受けたという実感があり、
健全な自己肯定感がある人は、かなり稀です。
ほとんどの人が、


親に分かってもらえなかった
親に愛されなかった
親に肯定してもらえなかった


などなどの 傷や寂しさを抱えたまま、
なんとか自分と折り合いをつけて成長してきたのだと思います。


愛情飢餓感を抱えたままで、


負の連鎖を断ち切るんだ...!
自分の子供にはあんな思いをさせてはいけない...!


と、努力することは、無理に無理を重ねることではないでしょうか。


思うようにできない自分
愛情を上手く伝えていけない自分を
責めることにもつながっていくような気がします。
もともと持っている自己否定感を、更に強めることにもなると思います。


一足飛びに、理想の親像を実現したいという思いは
自分自身の首を絞めていきます。
自分に対して厳しい人は、
子供に対しても、すぐに結果を出すように求めてしまったり、
自分が考える「あるべき人間の姿」を押し付けてしまったりしないでしょうか。


ちょっとずつでいいから
自分を認めながら進んでいってほしいと思うのです。


自分の親にしてほしかったように。


よく頑張ってるね。えらいね。 って、自分をほめながら。



すでに連鎖を意識している人は
日々、小さな気づきがあると思います。
その気づきは、いつか必ず行動を変えていきます。


試行錯誤は必要ですが、試行錯誤によって見えてくる 自分の今の姿を
果てしなく高く設定した 理想のモノサシで測る必要はないのです。



“自分を追い込む方向での努力”をしなくなったときこそ、
負の連鎖が断ち切られるときだと 私は思っています。



(2)に続きます。
[PR]
by marca-mia | 2006-11-28 13:40 | 思うこと・自分


<< 親とか子とか(2) 帰ってきました。 >>