ぎりぎりの私


あなたは受けすぎる。



と呼吸法の指導員の方に言われた。

あなたには、ちょっと特異な感受性がある。
あなたは無意識だろうけど、人を受け容れて癒してあげている。

人の邪気を受けて、吸いとってあげるから、あなたに接する人は皆楽になるだろう。

でもあなたは受ける一方。
すべてを吸い込んで、吐き出すことができない。

出すことを覚えていきましょうね。



私のために、良い言い方をしてくれたのだろう。

実際には 一人で立っていられなくて、
依存する相手(私の存在価値を感じさせてくれる相手)を求めていただけのように思う。

感受性という点では、確かにちょっと異常だった。

自他の区別がつかなくなってしまうということを 前回の記事で書いたけれど、
なぜか、他者をケアしなければいけない、という強迫観念がまとまわりついた時期があり
それが依存心の強い人をひきよせていたと思う。

また、なぜかは分からないが 勝手に想像力が働いて
対象にぐっと入り込んでしまうところがあった。

おかしな話、一時は犯罪や事件のニュースを見ても
被害者、加害者、両方の人格に入り込んでしまい、苦しくなった。
この世に不幸な人が一人でもいる限り、私自身も幸福になることはあり得ないように思えた。
その感じを誰に話しても理解してもらえず、それも苦痛だった。

遠い国で戦火に怯える子供たちを見て、自分の責任かのように思えてしまうというのは
もう尋常な人間の感覚ではないと思う。

もろかったのだ、私自身が。

それは、事実を一歩ひいて客観的に見られない。
事実を事実として受け入れられない、という弱さだった。

誰かが誰かを殺すたびに、
人を殺した人間と同じ「人間」という生き物である自分が、とてつもなく嫌になる。
と同時に殺された人間の無念さや恐怖を想像して胸苦しくなる。


一方で

自分はいつか人を殺してしまうんじゃないか...と恐怖したときもあった。



死への興味。
こう書くと誤解を招きそうな気もするけれど、
自分は生まれながらにして殺人者なのではないかという恐怖と
自分自身「何となく死にたい」という気持ちを思春期の頃から抱えてきた。
激しい欲望ではなく、漠然としたものではあったけれど。

欲望というよりも「死」というものへの、果てのない追求心だったのだろうか。

下校の途中、踏み切りにさしかかると、飛び込みたくなる衝動を覚えた。
殺人者の心理を知りたくて、犯罪ノンフィクションを読みふけった。

矛盾している。
人が死ぬと激しく胸がいたむというのに。

自分が欲望を抑えて生きているからか。
だから人が殺されると自分の責任のように感じるのだろうか。
誰かが死ぬと自分が殺されたように感じるのだろうか。

それとも、人間の中にある「死への渇望」の正体を
解き明かしたかっただけなのだろうか。

人間が怖かった。

怖いものに引き寄せられるように、犯罪のニュースに見入った。

自分で見入っておいて、その毒にあてられ、吐き気を覚えた。

その吐き気も抑えて飲み込んだ。


出せない。


際限なく入ってくるばかりで出せない。


人を殺してしまいそう、と感じながら、平凡きわまりない毎日を過ごす。
何となく死にたい、と感じながら学校へ行き、友達と笑い合い、家に帰って、寝る。


中学も高校も皆勤だった。


あの頃、不登校するくらいの表現力があれば良かったのかな。
毎日毎日 自分の本性を隠して生きてるみたいで、
それでもグレたり、ひきこもったり、泣いたりする気も起きなくて

演じること、絵を描くこと、詩を書くことで どうにか自分を保っていたようにも思う。
クラスメートとの他愛のない話なんて、一秒でもしたくなかった。ほんとうは。

演じること、表現することの魅力にとりつかれたのは、
自分の中の得体の知れないエネルギーを 正当な形で外へ出したかったのかも知れないなぁ。

ああ、それと日記。

ホントに毎晩毎晩、ものすごい量の日記を書いて。
口数が少ないのに、日記には色んな思いを書きつけた。

大学受験を間近に控えた冬のある日、初めて自己啓発本(?)のようなものを買った。

そのときそれを買ったのは、
タイトルの一部にあった「くやしさ」の言葉に引き寄せられたから。

自分が「くやしさ」を抱えていたことを、そのとき初めて意識的に認めた。


第一志望の大学に落ちたとき、
母の目がみるみる釣りあがって、白目をむきながら、私に向かってわめいた。
そのとき、私の中で何かがプツンと切れた。


殺したかったのは、きっと母なんだ。

自分が死のうか、それとも母を殺そうかと 揺れていたんだ。


あのとき、母から離れて上京できて良かったんだと思う。

限界だったんだね。18の私。


距離的に離れたからといって、
ほんとうの意味で母から解放されたわけでもなく、
ほんとうの意味で自立できたわけでもなかったのだけど。


それでもあのとき母から離れられたことは、私にとって幸運だった。
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by marca-mia | 2005-09-02 18:15 | 思うこと・自分


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