埋められない時間と距離


皮肉なことだが、
母と離れて上京した私は、みるみる体調が良くなった。

夫との出会いがあり、
様々なことを経験し、
2年の同棲期間を経て夫と結婚したのは、丁度上京10年目。

結婚して2年ほど経った頃
私の体が、再び奥のほうからきしみ始めた。

今思い返すと、母との関係を夫との間で繰り返したような感じがある。

相手の気持ちの受け皿になってしまう。

余裕で受けられるほどの器があるか、
受け流すすべを知っているのなら良いが、
受けて溜め込んで腐敗させてしまう。

腐敗していたものを吐き出していく過程は
最初はドロッドロで目も当てられない。
夫はこの一年、拒否したり逃げ腰だったりしながらも
よくぞつきあってくれたと思う。

私たちのほんとうの問題は不倫の後ろに隠されていた。
私は 夫が不倫を終えただけでは満足せず
その問題をずるずると二人の目の前に引っ張り出してきた。
私が問題視していたものを、夫は問題視はしていなかったのだから
今思えば夫の拒否反応も当然のことだったかも知れない。

私はただただ、夫が受け入れる受け入れないに関わらず
二人の間に溜まった膿を吐き出さねばならない、という切迫感で動いていた。

どさくさに紛れて吐き出したものの中に、母から受けたものも混じっていた。
それは、吐き出してみて初めて気がついたこと。

たぶん、夫の中にも似たような感覚...
私を自分の親と同一視するような感覚や、
そのことに気がついた瞬間瞬間があったのだろうと思う。

泥を吐き出すうち、少しずつ澄んだものが出てきた。
砂金のように、キラキラしたものが混じるようになってきた。
気がつくと、以前のような汚いものは出てこなくなった。
人間だから負の感情が生まれることはある。
でもそれが積もることはなくなった。
積もる前に、腐敗する前に、表に出せるようになった。

今、夫と私は 互いを澱ませてしまう関係でなく、
できるだけ自分の面倒は自分で見ようとした上で、
必要なときは素直に相手に甘えるようにし、思いやりを受けたら感謝の心を示し、
お互いに良い循環をつくっていこうという、共通の地点に立てているような気がする。

夫に直接その意志を確認したわけではないけれど
私の、“ほんとうの仲良しになるのだー!”という積極的なとりくみに
半ば無理やり付き合わされる形で参加し、
実際に色んな試行錯誤を経験する中で、
どうもこれは良さそうだ、とか
どうもこういうことは必要なんだな、とか
そんなことを体で覚えこんでいったように見える。

私は彼に与えすぎにならないよう、甘えたくなったら素直に甘える。
甘えることを覚えると、今度は甘えすぎになって、
甘えられないことを不満に思ってしまうこともある(生理前とかねー)。
そんな、極端な自分を発見したので、
今はホドホドに甘えて、甘えすぎない という技を身につけよう...と練習中。

そんな風に、お互いの自立と解放とが上手いバランスで共存できるように、
私たちは歩み出しつつある。
だから、私も夫も、この先少しずつ、体の調子も上がっていくのではないかな...?
と、希望的観測をしている。

だけど時々気になるのは母のこと。

私はいつも実家に帰ると具合が悪くなる。
はじめのうちは、甥っ子たちの世話でてんやわんやになるからかなぁと思っていた。

が、どうやら、母の存在が大きいらしいと気づいた。

母との関係、私は耐える部分が多かったものの、
離れて暮らすようになってその関係から逃げることができてしまったので、
なんだか通るべきところを通っていないような、
親子として、きちんとしたプロセスを経ていないような気がする。
間をすっとばしてここまできちゃった、みたいな。

ふと見れば、母は昔の母とちっとも変わっていないのだ。

私は今、夫との関係で学んだことを、もっと広い人間関係に応用していく必要を感じている。
そしてその最大の相手は、やはり母なんだなぁと思っている。

母の不満。愚痴。怒り。苛立ち。
それらは私が幼いときから、ストレスにしかならなかったけれど。
今はその奥にある、母が抱えている寂しさや、憂鬱な思いを理解してあげたいと思う。

今までの自分にはそんな余裕がなかった。
実家に帰るときは、ただただ日常から離れて田舎の自然に触れて休みたい
そんな思いだった(実際には休めたことはないのだけど)。
そして、毎度毎度期待は裏切られ、
母のイライラ放射能にさらされる羽目になり、
癒されることを期待していただけに落胆も激しく、
ドッと疲れて帰ってくる、の繰り返しだった。

今夏も、私と二人きりになると
母は待っていたように、他の家族や孫たちに対する苛立ちを
次から次へと機関銃のようにまくしたてていた。
ひとつ否定すれば、100倍にもなって返ってきそうな勢いである。

ああそうなんだなぁ、と思った。

私の前だとある意味、安心して負の感情を見せられるのだろうな、この人は。

それがいったい何故なのかは分からないけど
私はずっとこの人の気持ちの受け皿となってきたんだよな。
少なくとも18の歳までは。

面白いことに、故郷をあとにしてから、今年で丁度18年になる。

母とともに暮らした年数と同じだけの時間をかけて
私は自分を取り戻したのかも知れない。

この次の帰省からは
新しい私、ほんとうの私で 母と向かい合いたい。

少しずつ老いていく母
いつかはサヨナラしなければならない母

その時、少しでも穏やかな気分でいられるように。

めちゃめちゃ体が丈夫な母が、この先病に伏すことがあったら。
母はきっと落ち込むだろうし、冷静ではいられないだろう。

私にできることは限られているけれど、
いつか来るそんな日に備えて、
細々と、母の中に幸せの種を蒔いていくことができるかも知れない。

ほんとうにほんとうに、少しずつのことしかできないけれど。

それは、母の心の真ん中に働きかけてあげること。

私を生んだのはあなたなんだから、私に愛情を与えるべき、と。
そう 今まで思っていた。

だからこそ憎んだし、だからこそ与えてもらえないことが悲しかった。

今はそうは思わない。

愛って、人間の間にあるものだって気がついたから。

どちらかがどちらかに一方的に与えるんじゃない。
“愛を生むやりとり”というものがあるんだ。
そのやりとりの、私はきっかけをつくるだけ。

今度こそ、ほんとうに。
今度こそ、あなたをむやみに悲しませることなく。

埋められない時間と距離はそのままに

これからは はじけるようなあなたの笑顔を見ていきたいんだ。
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by marca-mia | 2005-09-06 13:22 | 思うこと・自分


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